



今日は、過去の疫病を振り返ってみました
過去の疫病からみた新型コロナウイルスとの戦い
疫病は人類出現以前の化石動物にもみられます
寄生虫に冒された貝類や脳膜炎にかかった恐竜などがこの例である。
疫病のなかには、動物の感染症からヒトに伝わり、それがヒトからヒトへと伝染する疫病となったものもある。
時代に入って以後の人間の歴史にとりわけ深い爪痕(つめあと)を残した疫病といえば、急性伝染病としてはペスト、マラリア、痘瘡(とうそう)(天然痘)、麻疹(ましん)(はしか)、発疹チフス、腸チフス、赤痢、コレラ、インフルエンザがあり、慢性伝染病としてはハンセン病(癩(らい))、結核があり、さらに性病の梅毒があげられる。これら疫病の大部分は、もとはある限局された土地の地方病(風土病)であったが、文明の発展、文化の交流により、人が動き、物が動くに伴い、文明世界へと伝播し、世界的流行(パンデミー)となったものである。文明の発達が疫病を征服することは確かであるが、一面において、文明はつねに疫病と抱き合わせであり、文明の伝播経路は疫病の伝播経路とも重なり合う。[立川昭二]
日本で史実として残る最古の疫病は、崇神(すじん)天皇5年の疫病で、気候不順に伴う腸チフスなどの熱性伝染病と推定される。いずれにしろ疫病は人口が集中・増加し、社会が統一され、交流したところに発生・流行するものであった。
ハンセン病は日本でも古くから流行し、『大宝律令(たいほうりつりょう)』でも最重度の篤疫(とくえき)として扱われ、鎌倉時代にハンセン病患者の収容所がわが国最古の病院と言われている
また、マラリアは平安時代から記録され、「おこり」といわれ、流行を繰り返し、太平洋戦争の南方戦線で日本軍を苦しめたことはよく知られる。
痘瘡は、仏教伝来と前後して朝鮮から日本へと伝播して来て『日本書紀』の欽明(きんめい)天皇13年(552)から用明(ようめい)天皇2年(587)にかけての疫病の記録は、痘瘡あるいは麻疹とされ、そのご痘瘡、麻疹は日本の風土病的な疫病となり、以後日本人を長く苦しめぬくのである。
日本には、1512年(永正9)に伝来したといわれ、この梅毒スピロヘータを運んだのは日本人を主体とする倭寇(わこう)であり、実は鉄砲伝来の年より30年も早い。時代は戦国乱世の動乱期で、梅毒はたちまち日本人を激しく冒していき、江戸時代に深く淫侵(いんしん)した梅毒は、公娼(こうしょう)制度と相まって近代日本においても大きな社会問題となった
コレラは日本には幕末の1858年(安政5)に長崎から侵入し激甚な被害を与え、江戸だけでも死者10万余あるいは26万余ともいわれた。明治時代となった日本でもコレラが大流行し、コレラ防疫(強制隔離、死者の処置など)に対する民衆の反感が「コレラ一揆(いっき)」のような社会的混乱を引き起こした。
インフルエンザは日本では江戸時代後期に侵入して流行を繰り返していたが、「スペインかぜ」として知られる1918~19年の大流行は、かつての黒死病を想起させる大きな災厄をもたらした。全世界で2500万の死者を算したといわれ、日本でも患者2300万、死者38万余という惨禍となった。[立川昭二]
過去の歴史を振り返っても人類は疫病との戦いを繰り返して来ました。
そして、全ての戦いに打ち勝って来ています。
今世界中で猛威を奮っている新型コロナウイルスですが、今の医学、科学、テクノロジー、情報を駆使すれば必ず打ち勝つことができると思います。
どれだけ早く収束出来るかどうかは、私たちの行動にかかっていると思います。今は感染を広げないことだと思います。一人ひとりの我慢と行動で新型コロナウイルスに打ち勝ちましょう
一日一首一曲
頭に刺激
心に音楽
思い出を思い起こして
口遊んで下さい
歌を唄えば元気になります ( ダト思います )
これからも
どうやったら
元気な『 ハイミドル 』でいられるか
皆さんと共に考えて参りたいと
思っています
今後とも
お付き合いのほど
よろしくお願いします
このサイトのテーマは
脳からアンチエイジング
ハイミドル・・・・・ ミドル以上とハイスペック ハイブリッドの造語
ハイスペック ・・・ 秘めたる爆発力
中高年でも高齢者でも無い新しい領域を目指そうと言う意味です


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